2014年10月6日月曜日

予定と沈思 第一回












新連載「沈思黙考溢れ出す」 

想念妄念だだ溢れ。片岡フグリの思想体系を定期まとめでお届け致す。 

公演日程 
10月12日 野川公園河原
10月31日 大塚ミーツ
11月2日  高円寺小杉湯
11月7日  渋谷サイクロン
11月11日 東高円寺二万電圧
11月18日 大塚ミーツ


「沈思黙考溢れ出す」 

啓示も訓示も日夜ビンビンに受け続けている。 
それを読み取る言語を持ち得るか否か。なのだ。 
時に人はそれを詩と呼び、インスピレーションを神と呼ぶ。 
そこに気高さを見出す気はなく、 
ライクアゴッホで生きていく気もさらさら無い。 
100年規模の音楽。 
手始めは、いま、ここからなのだから。 

美と官能はイコールで結ばれる。俺の場合は。 
ピンサロで見た、隣の女の尻は未だ満月よりも丸く、美しい。 
彼女たちはいつも、俺のアイドルだ。 
「女に触れることは、天に触れるのと同じ」と、何かの本に書いてあったが、 
こんなに身近に咲くそれらを見落とす手は無い。 
千者千様の乳輪たちに。心からの愛を込めて花束を。 

いなくなったあいつらの事を「利用してやるぜ」と思う。 
感動や涙を意図的に演出する事に、後ろめたさを感じた事もあったけれど、 
良い、悪い。そんな事はもうどちらでもよく、 
忘れたくないから歌うし、未だ燃え続けている火を俺は見ている。 
君の蝋燭よ。俺に火傷を授けてくれ。体に刻ませておくれ。 

「お前を愛している」と歌う事と「お前を覚えていたい」と歌う事は、 
同じ線上に存在する。脳に走った雷電の一つ一つが、未だ音を立て、 
煙を上げ続けている。 
その紫煙に包まれながら、夢想する夢の形。おまえの口癖。肩のライン。 
笑った時の特徴的な鼻の音。 
もはや、ふれ得る命が現世に無くとも。 
その記憶を、血と肉に変えて。その感情を、音に変えて。 
永遠をかけて、サヨナラを告げる。 

すべてを割り切れる程、人生は長くない。砂時計を返す事は、誰にもできない。 
それはただ上方に、横ばいに広がりながらも、確かに積もり続けていくのみだ。 
その丘の上に立ち、取り返しのつかぬ膨大の風を頬に聴いている。 
天空に一番近い場所で眺める世界はどんな色形をしているのだろう。 
「そうか、海だったのか」といつか深く後悔したい。 
それでも山に昇ったことを確かな事実として反芻しながら。 
薄れゆく指先を見つめながら、そこに立ち尽くし、口笛を吹いていたい。 

ああどうか俺を照らしてくれ、光よ。そして、あなたよ。 
光源たれないこの俺に、脚光を、どうか。

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