2016年9月3日土曜日

「サヴァイビングカスライフ vol 1」片岡フグリ (ライブ喫茶亀 メルマガ8月号)


二、三日後には地元(兵庫県)から母が東京にやって来るので部屋をどうにかしないといけない。
「手の届くものから読んでいく」を基本スタンスに、買いに買い込んだ漫画、小説、その他エロ関係の雑多で一種のバベルを形成している本の塔、何かに使えんじゃね?とソファー裏にとりあえず溜め込んでいるクリスマス島の蟹級に膨大な数のミンティアの亡骸、未だかつて誰も磨いたことのないキッチンシンクと油にまみれフルメタルジャケットの微笑みデブの自殺現場の壁面みたいになっているガスコンロ裏など、
断捨離、ロハス全盛のシニアを漫遊している彼女にとっては、卒倒。よくても帰省時お小言100年分くらいのフリースタイルディスのメンタルマシンガンを浴びせかけられる事態は必須であろう。

とは言うものの、還暦の大台を越え、ターシャ・テューダーの書籍を神棚に飾る彼女の心臓に不用意なダメージを与えるのはよろしくない。
と言うかさっさと問答無用の減点式内覧会を切り上げ、鰻、あるいは寿司、ステーキなどの摂取へとフェーズを移したい。掃除は、しよう。さもなくば、待っている未来はサイゼリアなのであるから。

東京へやってきてかれこれ6年の月日が流れたが、百代の過客を地でいく、
円環をかすかにビヨンドした程度の牛歩成り上がりで俺は一体どれだけのストーンをこの地にヘンジしてこれたのだろうか。
(火急のどうにかするを抱えたこの部屋にある)上京以来貯めに貯めた膨大なもの、もの、ものの全てを自分自身の「生」や「成し遂げ」の重さに変換出来得るとして、
どれほどの陥没をこの地に与えることが敵うのだろうか。

それほどまでに東京の地盤は硬く、未ださまようカスライフはあまりの奇抜さに建築されずに終わったザハ・ハディド建築の様に「野望」と題した設計図の基礎工事の素材集めに帆走している。
日雇いの肉体労働のさなか、通年で足を通しているスキニージーンズの内側に小さな熱帯を創出する汗を感じながら、
乾いた後に斑点になって現れる汗の結晶のようにオムニバスな想念を持て余している。

現在、自分は歌手としての活動と、ノイズバンド「エレファントノイズカシマシ」での活動、それからたまに入ってくる仕事として、デザイン、映像、時には文章などを製作している。
前述した様に上記の活動すべてに於いて稼げていないし、赤字になってしまうことも多い。故に単発派遣での肉体労働にて日銭を得、なんとかやっとこの現状だ。
肩書きとしては「ミュージシャン」となるか「バンドマン」となるのか、はたまた君から見れば「フリーター」なのか、唾棄すべきセンテンス「夢追い人」なのか、、

とは言え、就職という道を考えたことは一度もなかった。
「他人(この場合は社長)の夢のために一秒も時間を使いたくない」というドヤ顔のパンチラインを用意してはいるが、隠している方の本音を言うと「そこまでして生き延びたい」という熱が自分の中にあまり無いのだ。
「なんかつまんなそうでしんどそう」とすべてを平仮名で言い終えれるくらいの認識しか「就職」に対してはない。
例えば自分は未だ海外へと行ったことがなく、行かなきゃなーとも思うし、興味もあるけれど、それはある種の義務感や軽視恐怖に支えられたものであり、
「え~!?外国行ったことないの~??絶対行った方がいいよ~!ホント人生変わるよぉ~~特にインドとかインドとかインドとか!!」などと言ってくるやつの口を塞いでやりたい。というのが理由の何割かを占めているのは確か。
つまり、ほっておいてほしいのである。俺は俺のペースでやりたいんだ。
だけど、貫き通すほどの自信もないのでふらりふらりと流されてしまう。

ただし、遊びとしての旅行ならばそれでいいのかも知れないが、
暮らしの大部分を紐付けされてしまう「就職」これには抗わなければならない。
要は、同程度の金がなんとかなったらいいんでしょ?
と、そんな意欲のない俺がどこぞのオフィスに潜り込んだって、
褒められることもさほど無いだろうし、下手したらいじめられる。
(Youtubeウォッチの際に最近差し挟まれる「仕事できないのに納涼会には来んの~?」ってやつ、マジでしんどいからやめてほしい、、)

学生時代、まかないが超美味い自然食レストランでバイトをしていた際も、
店長に「今まで出会った中でダントツで使えない人材」と罵られ、カチカチに凍結したケーキを顔面に投げつけられた上にメガネを吹き飛ばされ、辞職した。
(その後すぐに仲直りをして、店長の彼女と三人でクリスマスケーキとターキーを食べてお祝いした)

そんな風に「どうせ就職も、あらゆる意味での凍結ケーキを投げられる日々なんでしょう?」というこの疑念をコペルニクスしてくれない限りは、
あるいはくどくどとやらない理由を並べ立てる俺に、たった一つのやる理由。
「揉むの揉まないの!?」の二択を迫る巨乳美女の様な存在を「ちなみに揉んでもいいのは今だけ!!」と提示してくれない限り、企業にて働くという道はないだろう。

そうなってくると、音楽が一番、楽なのだ。
なぜならそれなりにやり方を知っているから。
先ほどの海外渡航を例にとるなら、俺にとっての音楽とは「日本」なのである。
それに音楽を取られたら、俺なんて俺なんて俺なんての弱音ミルフィーユで今月分の原稿は終わってしまう。
だからこそ、ある意味で俺は「安定」した生活を送っているのでは?とさえ思える。
あとは「金」と「定期ちやほや」の確保があれば、このライフは成就するのだ。

夢はないが、野望はある。
この連載が狙うのは、ドキュメンタリーとしての「奇跡」である。
カメラが回っていることで、人は無意識に演技をしてしまう。
故に、語気が荒くなったり、突拍子もない行動に出てしまったり、ということが往々にしてあるという。「あったことを書く」が「書くためにあらせる」に転倒する瞬間。

毎月とペースは遅いが、なんらかのミラクルが読者というレンズを通して、
文章に於いても起きるかもしれない。
美しく生きるつもりはない。サヴァイビングカスライフ。
半目がちに、且つ狡猾に直視していく。

見守って頂けると幸いだ。

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