2016年11月16日水曜日

「サヴァイビングカスライフ vol3(ライブ喫茶亀 メルマガ10月号)


界隈が金木犀とやらに包囲され始めている。
秋の恒例となっている、その「香り」なのだが、
一体どれがそうなのか、ずっと分からなかった。

「におい」というものは音よりも遥かに、
伝達の際に要されるボキャブラリーの在庫を求められる。
「ガーンガーーンって、高いところから順序よくコンクリートの塊を落とし続けてるみたいな工事の音で、AM11:00。私の週末の扉が開いてさぁyeah」
なんて言われたとする。うん、なんとなく分かる。

そうねそうね、親方の怒号が遠く、そしてやたらと響く重機の稼働音、
テンポのいいハンマーの打撃音が二度寝のまどろみを誘い、そんな天使の誘惑がかげろうの様に揺れているあの感じね。だが、
「で、気付いたら実験室に変なにおいが立ち込めてるの。
ほら、ビニールが燃えるときの嫌ぁ~な臭いとシャケが腐りかけた時のにおいが混ざったみたいな」
と、鼻経験に一つでもないモノがあると、もうなんだかよく分からない。

とは言え、花屋へ赴き「ねぇ君。金木犀のにおいって、
どんなものなんでしょう?僕と、探してくれませんか」
と古き良き日本映画に於ける祖母の回想、
世界大戦の前線に若くして散った祖父の出征前最後の小粋なプロポーズめいたことは恥ずかしくて出来ない。

そこで、現代文明の利器「ツイッター」にて問いかけをしてみることにした。
すると、全くの他人だが即答をして頂けた方がおり、彼によるとそれは
「でんぷんのり」に似ているにおいなのだそうである。
でんぷんのり?なんだそれ?ちょっとそれ鼻ボキャブラリーに無いっす。
もっとオシャレな横文字の例を出してもらっていいですか?
と答えそうになったが、
「幼稚園の時、黄色い入れ物に入ってた白いのりのことです」との続報。
あー!アレか。と一瞬で察知する。
と言われると、なんとなく覚えがある気がする。
あの「なんとなく何処か帰る場所がある様な気がしてくる」においのことか。
それを俺は知っていて、思い出そうとすると、あるバンドの音楽がともに流れる。

そのバンドを「ブラッドサースティブッチャーズ」という。

時代というものは、人それぞれがそれぞれに持つもので、
金木犀が(でんぷんのりを通し)思い出させてくれた「青春」と名付けられたそれも、
(歪であれ、麗しくあれ)一様に誰もが持つものである。

その代名詞となったのが自分にとってはそのバンドで(細かい概略などは省くが)
上京一年前後の「若さとはこんな淋しい春なのか」期(と呼ぶことに今した)の頃、
あらゆることが上手くいかず、全てを傾けていたバンドも散開、曇天にとおく酒浸り、
川を見に行くことだけが楽しみであり、残された日常だった。

辛く、そしてひょっとしたら一番音楽を求めていた時期に、最も近い場所で、
そして最も大きな音で幾度も幾度も聴き、
そして観たバンドが、今は亡きブッチャーズだった。

数年前、時期は秋から冬のいつか。
渋谷で彼らを観たことを、銀河鉄道の夜のように覚えている。
一番前で、まん真ん中の一番いい場所で、俺は。

終演後、
耳鳴りという名の余韻とほろ酔いで薄いシルクに覆われた様に見えるセンター街。
街頭で安く売れ残っていたワインのボトルを傾けながら、
行ったこともないニューヨークの地下鉄を夢想する。
帰路につく京王線が進むにつれ、酔いも加速していく。
井の頭公園の駅前に止めた自転車が盗まれずにあることを確認したら、
証明写真のボックスで、残ったワインでたった一人のパーティーをした。
小さな頃、押入れの中でしたおままごと。くぐもった声には、
まるで自分と会話をしている様な不思議な魅力がある。

ボトルを一本まるまる空けてしまい、良い感じ以上に回った酔いは、
異常な高揚感と心地いい自棄で俺を包み、
迷惑な電話やメールを数少ない友人や知り合い女性に投げかける無謀な勇気を無理矢理に授けてくる。
が、もちろんそんな迷惑は誰の歯牙にもかけられない。
だけど、酔漢への邪険なその返答でさえも、
既に現実からビヨンドしている意識を、その青い炎を大きくした。

ズタボロにパーフェクトだった俺は公園の砂場ででんぐり返しを繰り返し、
尻もちをつき、肘を擦りむき、己の醜態に大笑いし、
大車輪する頭のバランスをなんとか保ちながら、ipodに這わせた指をシェイクする。

そして、ただ、音だけが響いた(泥酔で目も開けられなかったし)

あの夜のにおいを覚えている。

界隈が金木犀に包囲され始めている。
なんとなく、何処か帰る場所がある様な気がしてくる。
そんな風に思えるのは、過去を手に入れ、
コーヒーを飲める様になった大人の特権だ。

一年で一番、誰にとっても懐かしくセンチメンタルな季節。

そんなのが、あってもいいんじゃないかな。




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