2017年4月2日日曜日

「サヴァイビングカスライフ vol6 (ライブ喫茶亀 メルマガ3月号)

リリース、リリースで特筆すべきことは多々あった筈だが、
文章として何かを表明しようという気持ちには暫くなれなかった。
その分語りはしたが、「プレゼンテーション」という作業に付き纏う、ある種の明言性のようなものが面倒で「これも言わなきゃいけないの?」というもどかしさにやきもきした事も一度や二度ではない。元も子もない「聞いてもらえると早いんですが、、」を実現するために、言葉を連ねるという行為。

歌や音楽を成すというのは、自分にとって、滝の様に降りそそぐ日々の中から手のひらに残ったほんの少しを大切に飲み干し、アイデアや芸術表現へと昇華する、非常に燃費の悪い作業だ。
勿論、その圧倒的に多い取りこぼしの中には二度とは手に入らない情緒やメロディーも存在する。

象徴的な出来事として、先日観に行った「ナツノムジナ」というバンドのライブが挙げられる。
沖縄出身のロックバンドである彼らのセンチメンタルかつ清涼感のあるスピーディーなサウンドは、手のひらからこぼれ落ちてしまった「自分にはもう鳴らせない類の音楽」であり、かつてこの記事でも書いたことのある「失ったことで持っていたことにする」薄っぺらい郷愁めいた「純粋ポルノ」の更に先を行った、より母性的で雄大な爆音である。
「本当に好きだったひとを思い出しても、抱きしめるのはいつも、自分のことだけ(片岡フグリ 本当に好きだったひと)」と歌う自分を「だけど、本当に好きだったひとが、ちゃんと居たんだね」と優しく包み込み、抱擁してくれるような、そんな大きな存在に、ひと知れず涙させられてしまった。

かと言って勿論、その程度で揺らぐレベルの信念で行動している訳ではない。
俺は、そんな俺の様にナツノムジナに涙する「美しくありたかった」君のために歌いたい。

今月、片岡フグリ名義では2年ぶりのアルバム「self」を手紙限定でリリースする。
手紙とはキュートな表現で、暮らしの中にホッとハーブティー、ゆっくり行こうよ的な柔らかい印象を与える言葉だが、それを送り、受け取るためには、郵政のシステムとして住所を教え合わなければいけない。
店頭でも、会場でも手にすることの出来ないそれを否応なしにプライベート空間へ叩き込むことは(勿論、俺の所在も明らかにしながら)、領域を侵犯し合うことでもあり、一対一の聴取のみを希望するということだ。


「self」はその名の通り、もともと、すべての作詞作曲、そして録音もミックス作業も自分一人で手がけた作品である。最も誠実にそれを届けるためにはどうすればいいか、と考え、今回の様な我儘な方法を取ることにした。

そして今回は封筒も自作した。「東京」という特殊な生活空間に在住する地方出身者の「自分」と「あなた」を隔てる「街」のシルエットが印刷されたそれを破り、アルバムを取り出すことで、「出逢い」を演出するのがその目的だ。

ご注文をお待ちしている。

kusomamireore@gmail.com


片岡フグリ「self」
\1000(送料込み)

1 thirsty
2 黙っていられる僕らは大人
3 宝塚インター
4 苦笑いの果実



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